『蒼衣の末姫』 特設ページ

2021年に上梓したハイファンタジー『蒼衣の末姫』。
読みの難しい造語が多い、地理関係が複雑で把握しにくいなどの声を受け、発売直後にTwitter(現X)で地図や造語解説をツイートし、モーメントとしてまとめていました。しかしモーメント機能が削除されてしまった結果、ツイート自体は残っているのですが探し出すのが極めて困難に……

ということで、モーメントにまとめていたもの+αに登場人物紹介も加えて特設ページを開設することにしました。
本編の直接的なネタバレは避けているつもりですが、用語説明などのためやむを得ず内容に触れている部分もありますので、その点はご了承ください。

あらすじ・世界設定

あらすじ

あらすじ

 地を這い空を飛び、甲殻で身を固め無数の脚で爪でひとを屠る巨大な怪物、冥凮(みょうふ)が跋扈する世界。翻弄されるだけだったひとは壁を築き堀を巡らせた城塞都市〈宮〉を造り、宮ごとに防衛、工業、商業などと機能を特化することで辛うじて冥凮の脅威に耐えていた。
 十六歳の少女キサは、ひとを圧倒する冥凮を滅ぼすことができる能力を有する蒼衣(そうい)の血を引きながら、僅かな力しか持たない役立たずの捨姫(すてひめ)と蔑まれ、冥凮を集めるための餌として最前線に連れ出されていた。だがある日、冥凮の前例のない攻勢によって廃滅は失敗に終わり、キサは敗走中に川へと落下してしまう。
 下流へひとり流されたキサを救ったのは、生(いくる)という十五歳の少年だった。生もまた大人たちから無能だと切り捨てられながら、命を危険に晒す仕事を毎日続け、懸命に生きてきた存在だった。

 自分の命を捨ててでも、何よりもまずひとという種を繋ぐことを考えねばならない世界。その世界の片隅で出会った囮の姫と見棄てられた少年は、手を取りあい、生まれてからずっと蔑まれてきた力と傷ついてきた心とを振り絞り、襲い来る脅威、そして課せられた運命へと立ち向かう。
物語の舞台

物語の舞台

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 物語の舞台となるのは、冥凮が出現する骸の森と対峙し、ひとの領域を護ることを使命とする一ノ宮と、その南方に位置し商業都市として栄える三ノ宮の周辺地域。

 一ノ宮では農業すら行われず、ほとんどの者が冥凮を滅ぼすことだけに命を賭している。中心である一ノ塔を除くと、町も砦も冥凮によって破壊されることが前提の安普請に過ぎない。食料を始めとする必要品のほとんどは、ひとの領域を護ることの代償として、商業都市である三ノ宮を経由してほかの四つの宮から一ノ宮へと供給されている。

 三ノ宮は〝生きている道具〟仔凮(つぁいふ)を生み出し、それを利用しまた他の宮に提供することで六つの宮のうち最大の繁栄を手にしている。冥凮が入り込めば滅びてしまう凮川(ふうちゅあん)の流れ沿いに構築された五つの町はどれも宮壁(きゅうへき)と呼ばれる高い壁で囲まれ、冥凮の襲来に備えている。
城塞都市・宮

城塞都市・宮(みや)

冥凮の侵入を防ぐため、ひとは六つの城塞都市を築いた。力で劣るひとはそれぞれの宮に特化した機能を持たせることで、全体で冥凮への対抗を試み、辛うじて拮抗を維持している。

  • 一ノ宮:冥凮が多く現れる北方にあり、ひとの領域に対する防波堤の役割を担っている。このため多くの黒衣(こくい)を有し強力な戦闘能力を持つ一方、農業などの生産能力はほぼ持たず、多くを他の宮に依存している。六つの宮の中でも極めてストイックな精神性を持っている。
  • 二ノ宮:工業都市。一ノ宮の黒衣が利用する武器を始め、工業製品の多くを生産する。
  • 三ノ宮:商業都市として発展し、現在は貨幣、物流網の維持管理も行っている。現在最も栄えている宮だが、その繁栄は〝生きている道具〟仔凮によって支えられている部分が大きい。
  • 四ノ宮:海に近く、塩の産地であるのに加え、漁業などの一次産業とその加工技術に秀でている。他の宮へ食料の販売を行うことで存在感を維持している。
  • 五ノ宮:農業、畜産業を中心としているため、他のどの宮よりも広大な面積を誇る。
  • 六ノ宮:学術都市。技術や知識を管理し、他の宮からの留学生を受け入れ、知識や技能を訓練する。三ノ宮の仔凮、二ノ宮の工業製品、五ノ宮で栽培されている植物などの多くは六ノ宮から産出されたもの。
職能団

職能団

どの宮でも、性別を問わず何らかの職業に就くことは当然であると考えられている。職業は基本的に本人の希望で選択することができるが(後述する蒼衣のみは例外)、通常は概ねは親のどちらかと同じ職業からはじめ、本人の意志で後に変更していくことが多い。なお、子どもと言えども貴重な労働力なので、十歳を過ぎればいずれかの職業に就くことが期待される。
職業は類似グループで大きくまとめられ、幾つかの職能団を形成している。職能団の名称は「色+衣」で統一されているが、これはかつて職能別に衣服の色で区別していた名残で、現在は衣服の色は自由に選択できる。ただそれでも黒衣や蒼衣のように、所属職能を明確に周囲に知らせるため、敢えてその色の衣服を選ぶ者も多い。

  • 蒼衣(そうい):鈺珠(ぎょくじゅ)を使い、屍針蟲(ししんちゅう)を操って冥凮(みょうふ)を滅ぼすことができる一族。能力の発現は一族のみに限られているが、強さは個人ごとにさまざま。キサは蒼衣でありながら僅かな屍針蟲しか操ることができない。血筋の維持が最重視されるため、基本的に出入りは発生しない。血筋維持のため、六つの宮にそれぞれ分家のように存在しているが、基本は一ノ宮である。蒼衣同士の夫婦でない限り、能力が子どもに受け継がれるかどうかは確実ではない。蒼衣の力を持たない子が産まれた場合は、成人して子をなすまでは暫定的に蒼衣として維持されるが、自身の子にも蒼衣の力がないことが明らかとなった時点で他の職能へと移動する。そのため、無能の子は他の職能の訓練を積まされることが多い。
  • 黒衣(こくい):治安維持や戦闘、特に冥凮(みょうふ)に対するそれを担うひとびと。特に一ノ宮は所属する者のほとんどが黒衣である。一ノ宮の黒衣は、冥凮とのリーチ差をカバーするため槍を得物として用いている者が多い。
  • 丹衣(にい):技術及びそれに関連する知識を担う職能。それぞれの宮に与えられた技術伝承を主に担当している。医療は丹衣のもっとも大きな役割のひとつ。一方で、それぞれの宮の役割によって、具体的な職務内容はかなり異なる。
  • 紫衣(しい):組織運営を担う。
  • 灰衣(かいい):それぞれの宮の戦略立案を担うひとびと。一ノ宮では冥凮攻略を主として担うが、それ以外の宮では治安維持とそれぞれの宮が担う役割を発展させる方策立案を合わせて担当している。
  • 雪衣(せつい):歴史の蓄積、語りを担う。過去に何があったかを記した膨大な書物の維持管理と、今起きていることの記録を行っている。
  • 紺衣(こんい):事務一般を担う。多くは紫衣の指示によって動く、塔内の下働きなど。小宰領は三ノ宮独自の、紺衣に与えられる役職。小宰処の運営、つまり幼い棄錆の育成と、独り立ちした棄錆たちへの仕事の斡旋・管理を任されている。
  • 縹衣(ひょうい):漁業を担う。酪農なども担当。
  • 鈍衣(どんい):工業を担う。
  • 柴衣(さいい):商業・流通を担うひとびと。いわゆる商人。
  • 褐衣(かつい):農業を担う。狩猟なども担当。
  • 錆衣(せいい):三ノ宮にだけ存在する職能で、人為的・後天的に異能を与えられたひとびと。冥凮(みょうふ)に対抗するために作り出された技術によるものとされている。ただしどのような異能が現れるかはやってみなければわからず、有用だと判断されるのは三分の一ほどに過ぎない。なお、錆衣の中で特に戦闘能力が高いと認められて黒衣となったものたちを黒錆(こくせい)、論理的思考能力に優れていると認められて灰衣になった者たちを灰錆(かいせい)と呼ぶ。黒錆の多くはひと目でわかるほど肉体の一部が発達している。逆に、なんの能力も発現しなかったり、発現した異能が役に立たないと判断された者たちは棄錆(きせい)と呼ばれる。棄錆のほとんどは小宰処(こさいじょ)という教育と職業訓練を兼ねた施設に引き取られ、十歳になると仔凮の世話をする保子(ほす)と呼ばれる仕事について自立する。

登場人物

キサ

キサ

一ノ宮の蒼衣、十六歳。蒼衣に共通する灰色の長髪、灰色の瞳を持つ。華奢ですらりとした体型で、生より背が頭半分高い。冥凮を滅ぼすことができる鈺珠を扱える一ノ宮蒼衣の血脈の末裔でありながら、肝心の鈺珠をうまく使うことができないため、陰で捨姫と呼ばれ、蒼衣の血脈を残すためだけに生かされていた。その後冥凮の行動変容に対応するための囮として使われることになり、形ばかりの鈺珠を与えられている。
期待される能力を持たず、一ノ宮の本懐である「盾となり矛となってひとの世界を護る」ことに寄与できないことに挫折し、大きな劣等感を抱いている。

生(いくる)

三ノ宮の棄錆、十五歳。黒く短い髪、黒い瞳。背は低めだが手足は大きく頑丈で、仕事がてら膂力は強く、指先がかかれば自分の体を持ち上げることができる。攻撃を受けたときに皮膚を銀色に硬化させることで防御することができるが、関節も固めてしまうために体が動かなくなってしまう。また内臓はそのままであるため、外見上は耐えられても負傷する可能性が消えるわけではない。三ノ塔内で始めて硬化したときに死亡したと誤解され、老化した仔凮らと共に凮川に破棄されそうになったことがある。三ノ塔の能定めの議で役に立たないと判断され、棄錆となった。当時は他人とのコミュニケーションがほとんどできなかったこともありどの小宰処でも引き受けられず、恙が梁塁へと引き取ることになった。
恙に引き取られたのち、仔凮の世話を通して自己を確立させ、幼少時が嘘のように喋るようになり、恙を辟易させている。とはいえ、「無価値として棄てられた」自分の価値を、他者ですらない仔凮への一方的な奉仕に見いだしているだけであり、恙の心配はむしろ大きくなっている。
なおとても目がいいが、これは錆衣としての能力ではなくて生まれつき。

サイ

サイ

一ノ宮の黒衣、三十二歳。一人称は「儂」。黒衣の中でも最強と呼ばれるひとり。並の大人より頭ひとつ大きな巨躯、黒々とした蓬髪に太い眉、大きな目に鷲鼻。豪放磊落な性格で、本人は知恵を回す方ではないと自分を表しているが、その実結構策謀を回す方。
蒼衣の傍流の血を引いており、異様に高い身体能力はそれが理由ではないかと言われている。そのため、前線から外されて黒零という特別な組織に所属させられることになった。
トー

トー

一ノ宮の黒衣、四十二歳。一人称は「あたし」。サイと共に黒零に所属している。実は墨の創始者のひとり。サイを見守りかつ監視するために一ノ塔によって任命された、自称「旦那のおつき」。小太りの中年男性で、料理を始め生活能力が全般に高く、そうした点で壊滅的なサイの世話を焼いている。そうは見えないが黒衣だけあってそれなりに強いが、対冥凮よりも対人戦闘能力に秀でている。墨時代は単独行動を行うことも多かったため、ある程度の医療知識もある。
ノエ

ノエ

一ノ宮の黒衣で、墨と呼ばれる情報収集・分析を主任務とする衛団に属している女性、十八歳。一人称は「私」。観察力と記憶力、視力に抜きんでたものを持つ。墨に共通するものとして高い対人戦闘能力を持つが、冥凮に対しては基本的に攻撃手段を持たない。
墨は他の黒衣から軽侮されることが多く、それでも長期的なひとの勝利のためとして己を殺して活動してきた。その鬱屈した感情が、捨姫と陰口を叩かれながらも自ら囮役を引き受け、かつノエの名を呼び正当に扱ってくれたキサに対して強い憧れと忠誠とを生み出すことになった。

恙(うれい)

三ノ宮の丹衣の女性。七十歳以上なのは確かだが正確な年齢は本人も知らない。一人称は「アタシ」。かつては三ノ塔内で働いていたが、現在は凮川の流れの上に構築された、梁塁という元避難所で診療所を営んでいる。どの小宰処も引き取らない棄錆たちを引き取って、一人前になるまで育てている。
奈雪・節弥・紗麦

奈雪(なゆき)・節弥(せつや)・紗麦(さむぎ)

恙や生と一緒に梁塁で暮らす、棄錆の子ども。奈雪は十一歳の女の子、節弥は九歳の男の子、紗麦は八歳の女の子。みんな引っ込み思案で喋るのは不得手(というか棄錆なのにコミュニケーションを苦にしない生のほうが珍しい)。なおキサに懐いた紗麦は、大人しい顔をして案外頑固なところがあることが判明した。一人称はそれぞれ「わたし」「ぼく」「紗麦」。
ナギト

ナギト

二十八歳、当代一ノ宮蒼衣筆頭。歴代で最強と言われる、鈺珠を扱う力を持つ。十三歳の時に先代筆頭である父、ノズクが死んでから、全人類を護るという重責を一身に引き受けてきた。後を継いだ直後に頼った紫衣筆頭によって精神的に支配されているような状態になったが、途中でその制御を自分の力で解除、逆に彼らを支配下に置くようになった。この一連の出来事により、現在人間らしい感情はほぼ喪失してしまっている。利用できるものは全て利用してでも冥凮を滅ぼし、ひとの世界を護ることを至上の目的としており、必要であればキサはもちろん、自分自身でさえ道具として扱うことを躊躇わない。
ヤガ

ヤガ

三十一歳、一ノ宮の黒衣。一人称は「俺」。黒衣の中でも実力を知られた者のうちのひとり。キサが囮役を引き受けたときに作られた末姫衆の姫衆頭として抜擢され、以来一貫してキサを護り続けてきた。行動変容を起こした冥凮の襲撃からキサを逃すため、丸太に乗せたキサを護って凮川に入り、凮川をものともせずに襲ってくる冥凮と戦い続けたのち、生死不明となった。捨姫と陰口を叩かれていたキサのため、本来は〝キサさまの御子衆〟であるはずの団名を敢えて末姫衆と名付け、その名に胸を張れるようにした。キサに対しては忠臣だが、ノエには他の黒衣と同じように、偏見があった模様。
ヌヰ

ヌヰ

六十一歳、男性。元一ノ宮黒衣、現在は一ノ宮の三ノ宮駐留公使。一人称は「儂」。黒衣時代は黒一の衛団長まで務めた男。後進に道を譲って引退後は、その知略謀略に優れたところを買われて一ノ宮の公使として三ノ宮に赴任している。サイが蒼衣の傍系であることもしっているが、あまりいい感情を持っていない。
護峰

護峰(ごほう)

十一歳、女性。一人称は「わたくし」。知能強化された三ノ宮の錆衣である灰錆。三ノ宮の灰衣第七席として、一門の町から三門の町までを管轄する。外見は普通の少女だが、知能は他の灰衣すら凌駕している。
朱炉

朱炉(しゅろ)

二十七歳、女性。三ノ宮の錆衣で黒錆。一人称は「アタシ」。極端に長い足を持ち、見た目から想像できる通り異様に足が早く、しかもスタミナがあるので延々と走り続けることができる。ただし腕力は十人並み。裏表のない性格で惚れっぽくて姉御膚。サイに一目惚れする。
亦駈

亦駈(またく)

二十七歳、男性。三ノ宮の錆衣で黒錆。一人称は「俺」。異様に太い腕を持ち、腕力だけならサイをも凌駕する。顔がごついので老けて見られるが案外若い(内心ちょっと気にしている)。ちょっと気難しいところがあるが、裏表はなく見た目から想像される以上に理性的。たぶん登場人物の中で外見と内面のギャップが一番大きい。朱炉とは同じ年に錆衣となって以来、兄妹のように一緒に過ごしてきた。同い年ではあるが、我が儘放題の妹に手を焼く兄、という関係。

冥凮

冥凮

冥凮(みょうふ)

ひとを認識すると無差別に襲い斃そうとする敵性生物の総称。小さなものでもひとと同じ程度、大きなものは小山と見まがうほどの巨体を有する。多くは外殻と呼ばれる硬い甲羅で体が覆われており、移動用の多脚と攻撃用に発達した二対から四対の攻撃脚を持つ。意志疎通は不可能。
冥凮はひとがその襲撃に対応する方法を考え出すと、行動を様々に変容させて攻略を試み、最も効果的な行動変容に最適化された新たな形態を生み出してきた。そのため、様々な形状・大きさ・行動の冥凮が存在する。
〈殻つき〉

〈殻つき〉(からつき)

硬い外殻で身を護る、冥凮としてはもっとも古くからいるとされるもののひとつ。その重量でひとを押し潰していた。動きは鈍重で走れば短期的になら逃げられなくはない。ただし一昼夜どころか一週間でも追い続けてくる粘着質。
〈腕つき〉

〈腕つき〉(うでつき)

ひとが高い壁を張り巡らせた避難所や、水路を作ったりしたことに対応して産み出された形態。〈殻つき〉に似ているがやや小柄で移動速度が速く、また攻撃のための触手、攻撃脚を持つ。多関節の攻撃脚は稼動域が極めて広く自在に動き、死角がほぼない。
〈蜈蚣〉

〈蜈蚣〉(むかで)

ひとの武器利用に対抗して産み出された形態。多数の節から成る体と無数の移動用脚、そして五つの関節を持つ攻撃脚を有する。文字通り巨大化した蜈蚣に似ている。大きさ、体長に様々なバリエーションがある。成体は滑空用の翅まで持つという厄介さ。
〈翅つき〉

〈翅つき〉(はねつき)

一ノ宮の蒼衣による攻略に対抗して産み出された形態。蒼衣の発見に特化しており、積極的にひとを襲うことがない。比較的小型で、ひとと同じくらいの大きさ。つるはしのような頭をしたプテラノドン。まき散らした体液で他の冥凮に蒼衣の位置を報せる特攻自爆型冥凮。

仔凮

仔凮

仔凮(つぁいふ)

商業と交易の都市である三ノ宮の中心、三ノ塔で産み出される〝生きている道具〟。陶器のように見える白い体表、真円の黒い目という二点だけが共通しているが、大きさや形態、機能は様々。仔凮の登場によって三ノ宮を中心としたひとびとの産業効率や生活水準は大きく押し上げられた。仔凮は簡単な言葉を解し、ひとの命令に従って行動するが、言語を持たず少なくとも表面上は感情などを表出することはない。ほとんどは極めて頑健で、水すら飲まず、凮種(ふしゅ)と呼ばれるもののみを摂取して排泄行為は行わないなど、ひとにとって極めて利便性の高い〝生き物〟である。
白春

白春(ぱいちゅん)

丸い頭と蛇のように長い体を持つ仔凮。口から鈴音(りんいん)という音を発し、その音でひとの体を整えて回復を促し、不調を改善するという能力を持っている。仔凮の中では実は珍しいタイプ。
シライシユウコさんに表紙に描いていただいた白い子。かわいい。
紅条

紅条(ほんちゃお)

丸く膨らんだ背中のヤモリのような仔凮。暗くなるとその背中が赤く発光して周囲を照らす。小さいものだと手のひらサイズだが、大きいと赤ん坊くらいになって結構な迫力に。しかしその分光量が増す。ぺたぺたする手足と尻尾でどこにでもくっつける。
露温

露温(るうぅえん)

丸い頭の下にひらひらのひれが付いた、クラゲかてるてる坊主のような仔凮。水中に浮かべておくと、周囲の水を沸かしたり冷ましたりすることができる(が、沸騰まではさせられない)という地味にすごい能力を持つ。主に浴槽に常駐。
背縄

背縄(べいしぇん)

巨大な尺取り虫に似た仔凮で、ひと混みの中で荷物を運ぶ仕事を得意とする。見た目よりずっと早く器用に混雑するひと波をかい潜って進むことができるが、過積載など無茶な使われ方をすることも多く、ただでさえ重要な日々の手入れが余計重要になっている。
力曳

力曳(りぃいえ)

首がほとんどない馬のような仔凮。力が強く、荷車を引くことが多い。なお、全力で走るとかなり早いが、その場合往々にして荷車の方が耐えられない。
飛信

飛信(ふぇいしん)

大人の掌ほどの大きさの、尻尾の長い鼠に蝙蝠のような翼が生えた仔凮。仔凮の中で唯一飛行機能を持つ。目が大きくてかわいい。二つの拠点、あるいはひとを覚えて、その間を相互に飛行することができる。遠距離の通信手段として活用されている。
タイクーン

タイクーン

空中に浮かぶ巨大な横倒しの卵で、最初に創り出された仔凮。太陽の光と風を受けて他の仔凮の食餌である丸い珠、凮種(ふしゅ)を産み出す。浮く以外に何もできず放っておくと飛んでいってしまうため、全身に掛けられた網と舫い綱によって地上に係留されている。

その他

凮川

凮川(ふうちゅあん)

多くの支流を持ち、豊かな水量を誇る川。流れは澄んで美しく魚介類も豊富に生息しているが、その水はそのままではひとと冥凮にとって毒として作用する。ひとにとっては遅効性の、少しずつ体の機能を奪っていく毒だが、冥凮にとっては即座に体組成さえ崩壊させるほどの猛毒。
このため冥凮は基本的に凮川には近づかないとされている。そのためひとは凮川沿いに町を作り、またその流れを引き込んだ堀や水路を多く構築して自分たちを護ってきた。
なお、煮沸したりろ過装置を通すことで飲用として用いることは可能。ひとと冥凮以外に対しては無毒で、生物内には蓄積されないため、凮川で採られた魚介類や流れを利用して栽培された植物を食べても問題はないとされている。
鈺珠

鈺珠(ぎょくじゅ)

くすんだ灰色の歪な珠で、表面には微細な穴が無数に開いている。屍針蟲(ししんちゅう)という目に見えないほど小さな蟲の巣で、中央には翅も脚も感覚器すら失った女王が眠っている。蒼衣(そうい)の末裔は鈺珠に開けた穴に指を差し込み、触れた女王を通じ間接的に屍針蟲を操ることができる。
屍針蟲

屍針蟲(ししんちゅう)

人間の目では捉えられないほど小さい蟲。全長の三分の一を占める(体躯からすると)巨大な顎は極めて強力で、冥凮(みょうふ)の硬い外殻すら易々と齧り取ることができる。しかしなにせ体が小さいため、一体の冥凮を滅ぼすためには億単位の屍針蟲が必要となる。
小宰領

小宰領(こさいりょ)

三ノ宮にのみ存在する、紺衣(こんい)に与えられる役職。幼い棄錆(きせい)の育成を行う小宰処(こさいじょ)の運営と、独り立ちした彼ら彼女らへの仕事の斡旋・管理を担う。管理下にある棄錆の稼ぎが彼らの給金に連動しているため、過大な労働を強いる者も少なくない。
凮臓

凮臓(ふぞう)

ひとの体にあってひとの生命維持を司るもっとも大事な臓器、と考えられているもの。怪我の治療など外科的処置を除き医学はそれほど発達していないため、具体的な働きまでは明らかになっていない。

廣(ひろ)

長さの単位。宮によって多少の誤差があるが、概ね90〜100センチメートル程度。差異があるのは、基準として用いられている〝尋ひも〟の精度があまり高くないのに加え、それぞれの都合で微妙に伸ばしたり縮めたりしているケースがあるため。三ノ宮では三ノ塔が管理しており、あまりぶれはない。

里(り)

距離の単位で、千尋が一里。ただし基準となる尋にそもそもブレがあるうえ、正確に遠距離を測る方法がないため、実際にはかなりの誤差が発生している。

刻(こく)

時間の単位。一年で最も昼が短い冬至の日の日照から日没までを十分の一にしたものを一刻としている。概ね55分前後。
©Mitsuhiro Monden, 2014-2024